木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(増田俊也)

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(増田俊也)

分厚い一冊。

1週間、この本にとっかかっていました。

アントニオ猪木・初代タイガーマスク世代にとって、
梶原一騎、ゴング、金曜8時という視点から、
力道山・木村政彦なんていう人は知っていました。

大昔の人というイメージです。

特に、木村政彦なんて、「力道山に負けちゃった柔道家」そのもの。

でも、この本が持つ分厚さ、熱量が何となく、手に取らせてくれたのは
幸いでした。

格闘技ファンなら文句なく楽しめます。
もし格闘技ファンじゃなくても、昭和を生きた、
類まれな男の生きざまを描いたドキュメンタリー作品として一級です。

木村政彦はせいぜい175cm80kg程度の体でした。
現代では格闘家として小さい部類です。

でも、今でも、
「木村先生が最も強かった」と言う人が
(それもその道のプロが)数多く存在するのです。

翻って、
野球選手で「金田正一」や「澤村栄治」が一番の名投手だと言われても、
あの当時のことだから、ピッチングマシーンもないし、
バットやボールも粗悪なものでやってた時代だし、なんて、
ついつい軽く見がちな気がするのですが。

タイムで競うスポーツに至っては、
陸上競技や水泳なんかでは、かつての男子の世界記録が今では女子の
高校記録なんてこともザラです。

でも、この本を読むと確かに「木村政彦」は最強だったのではと
思わさせるのです。
少なくとも柔道家・柔術家として相並ぶものはいないのではないかと。

とにかく、練習量や心持ちが半端ではないのです。

そして、
当時の柔道を巡る環境が
今と全く異なります。
あのころの柔道に、バーリトゥードに近い部分が
あったことは驚きでした。

そんな中、木村は、
柔道の立ち技だけでなく・寝技にも精通し、
空手・ボクシング・サンボなどありとあらゆる格闘家との対戦を
視野においていた稀有の柔術家だったのです。

ところで本書の眼目は、
その木村がなぜ力道山に敗れたのか?
にあります。

プロレスというものの光が失われた現在、
逆に、だからこそ、
木村はなぜ、「セメント」で敗れたのか?
が最も気になることなのです。

この疑問に回答は多分ないのでしょう。

実際にあの試合を見た人、
その時代を生きた人、
この本を読んだ人、
Youtubeなんかで動画を見た人、
皆、それぞれの思いを持ちながらあの試合を見て、
結果は出ているのです。

時間が戻らない以上、
それぞれの思いと結果は固く刻まれて
しまっているからです。
歴史とはそういうものなのだと思いました。

木村にとってのチャンスはあの試合だけした。

力道山は木村からの再戦には応じませんでした。

きっと、力道山にとってもあの日が昭和の格闘王を倒し、
歴史を刻む唯一のチャンスだったのでしょう。

お互いの、唯一のチャンスを掴んだ力道山と逃した木村。

力道山はやがて殺されて、木村にはもはやもう何も残されていませんでした。

しかし、
今では多くの人(格闘ファン)が木村の業績に改めて目を向けています。
力道山は時代と共に過ぎ去っていったアイコンとなってしまいました。
皮肉なものです。

読後感に、切なさと、不思議な暖かさが残るのは、
木村という人が、
思ったよりも「空」に近い人だったように見えるからです。

酒が好きで、女が好きで、イタズラ好きで、
でも奥さんをいちばん愛し、そして、柔道に命を掛け、
75の人生で
奥さんと散歩しながら
「これでいいんだよな」
とつぶやく。

本当に面白い本でした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました